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中小企業も押さえておくべき「経済安全保障」の勘所<前編>

「経済安全保障」は中小企業や小規模事業者とは関係ない。そう思う方もいるかもしれません。ところが、社会情勢の複雑化によって、無関心ではいられない時代に突入してきました。「経済安全保障」とは何か。中小企業が講ずるべき対応策も含めて、当分野の専門家が解説します。

(掲載日 2024/02/26)

中小企業だから知りたい、備えたい!経済安全保障とは何か<前編>

1.「経済安全保障」について

「経済安全保障」というキーワードをご存知でしょうか。

「経済安全保障」とは、従来は外交や防衛の問題であった「安全保障」の考え方を、経済の問題に応用するものです。

「安全保障」というと、まるで私たち市民とは無関係な話のように感じられるかも知れません。ですが現在では、自然災害や気候変動、国際紛争といった「安全保障」の問題が、経済問題へと形を変えてわたしたちの生活や企業活動に深刻な影響をもたらすようになりました。

令和4年5月、ある法律が国会を通過しました。その名前は「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」(通称:経済安全保障推進法」)(以下、「推進法」)です。

「推進法」は、企業や国民に何らかの義務や罰則を科す性質の法律ではありません。ですが、今後のわが国の政策は「経済安全保障」の考え方を取り入れて作られるようになります。

「安全保障」に取り組む目的はリスク対策です。ですから「経済安全保障」に取り組む目的は経済活動に関するリスク対策になります。

ところでリスクマネジメントでは、以下4つの方針の組み合わせにより対応するのが一般的です。これら4つの対策は、どれか一つを選ぶものではなく、それぞれのリスク内容に合わせてバランスよく組み合わせる必要があります。

リスク回避(排除)リスク軽減
リスクの要因を完全に排除する。
(例)外出中に、雨に濡れて風邪を引くことを防ぐため、外出をしない。その結果、通学や出勤ができないことを受け入れる。
リスクが顕在化した場合の影響を軽減する。
(例)外出中に、雨に濡れることを防ぐため折りたたみ傘を携帯する。その結果、手荷物が多くなることを受け入れる。
リスク転嫁(移転)リスク受容
リスクが顕在化した場合のコストを他者に負担させる。
(例)外出中に、雨に濡れて風邪を引いた際の通院費に保険給付を充てる。その結果、保険料の支払いが発生する。
リスクが顕在化した場合のコストを受け入れる。
(例)外出中に、雨に濡れて風邪を引いても気にしない。その結果、通院費を全額自己負担する。
※著者作成

事後対策は、たとえば発生した損害を金銭的に補てんすることが挙げられます(リスク転嫁)。しかし、たとえば先端技術が外部流出した場合、その損害額を正確に算定することは困難です。

そこで、そもそも技術情報の流出を未然に防止する事前対策(リスク回避)の必要性が高まっているのです。ただし、このことは事後対策が不要となったことを意味するものではありません。

あるいは、ある製品の原材料を特定の外国からの輸入に依存しているとします。仮に、戦争が原因で重要な原材料の輸入が停止したらどうなるか。もしくはエコノミックステートクラフト*1に巻き込まれた場合、経営資源に限りのある中小企業ではひとたまりもないでしょう。

*1 エコノミックステートクラフト…軍事的な手段ではなく、経済的な手段によって外国に圧力をかけ、影響力を行使しようとすること。たとえば、原材料の輸出を止め、加工品を生産する相手国の経済活動を妨害するなど。


「経済安全保障」は、BCP(Business Continuity Planning:事業継続計画)の延長線上にある考え方であると考えられます。BCPとは、一言でいうと想定外の事象(自然災害や気候変動、国際紛争、およびそれらに伴う為替変動など)に直面した企業が経営判断を誤らないために、事後対策や復旧策を事前に決めておくことです。BCPを定めるのは各企業や組織です。

一方「経済安全保障」は、想定外の事象を事前に察知する、あるいは影響が直撃することを防止するために、官民が一体となって事前対策や予防策を講じるものです。「経済安全保障」は官民一体で進める取り組みである点にBCPとの違いがあります。

想定外の事象の予兆を察知するために、組織はインテリジェンス*2の機能を備える必要があります。ですが、中小企業にとってインテリジェンスのための専門チームを設置することは難しいかも知れません。

実は、インテリジェンスに関する情報は、そのほとんどが公開されています。たとえば国際情勢であれば、外務省の海外渡航情報やJETROの海外ビジネス短信といったコラムに目を通すことで、かなり多くの情報が得られるでしょう。

*2 インテリジェンス…政府や企業などの組織が意思決定を行うために必要な情報を収集する機能、もしくは組織のこと。代表的なものとしてCIA、MI6、モサドなどがある。


「経済安全保障」が官民一体の取り組みであるとは、具体的にはどのような意味でしょうか。それは、「経済安全保障」の切り口で、政府や自治体によるリスク情報発信、相談窓口や補助金制度の設置などの中小企業支援策が作られていくということです。

【ポイント】
  • ・社会情勢の変化が激しくなってきており、「経済安全保障」の重要性が高まっている。
  • ・企業の事業リスクマネジメントは、事後対策から事前予防へその力点が移行しつつある。



2.「推進法」の内容

わが国の「経済安全保障」は4つの柱から成り立っています。ただし、本稿ではここにもう一つの柱を加え、4つ+1の柱として説明します。

+1の柱は「セキュリティクリアランス」です。「セキュリティクリアランス」は、本稿執筆時点(令和5年12月時点)において政府部内で法制度の検討が進められています。

※筆者作成

【ポイント】
  • ・「推進法」は、激変する社会情勢に対応し、国民生活と企業の経済活動の安定化を図るための法律である。
  • ・わが国の「経済安全保障」は、重要戦略物資、重要基幹インフラ、技術開発戦略、特許の非公開化の4つに加え、セキュリティクリアランスを含む4つ+1の柱から成り立っている。



3.「経済安全保障」4つ+1の柱の内容

「経済安全保障」の4つ+1の柱は、具体的な中小企業支援テーマに直結しています。具体的にはSCM*3、原価改善、知的資産経営*4、情報セキュリティなど多岐に渡ります。

*3 SCM(サプライチェーンマネジメント)…原材料の調達から生産、在庫・流通管理、販売までの一連の流れを一元管理し、全工程を最適化する仕組みのこと。
*4 知的資産経営…人材、情報、組織能力や取引先との関係性など、目に見えない企業の競争力の源泉を知的資産という。知的資産経営とは、この知的資産を認識し、有効な組み合わせ方を考える経営手法のこと。

※筆者作成


「経済安全保障」の特徴の一つに、これらの専門分野を別々の問題と捉えるのではなく、一体の問題として取り扱うことがあります。たとえば、重要戦略物資(たとえば半導体)の取引をするためには、秘密保持のためセキュリティクリアランスが求められます。

また、半導体のような先端産業では、MOTの視点が必要です。MOTとは、科学技術の知見を経営資源と捉え、その有効活用を経営課題に位置づける考え方です。そしてMOTにおける重要戦略として特許戦略があります。
このように、経済安全保障の各領域は、相互に重なり合っているのです


4.中小企業にも関連のある「経済安全保障」施策

以下に、これまでに実現した中小企業にも関連性があると考えられる「経済安全保障」施策を例示します。

•10兆円規模の大学ファンド創設
学術機関に対する研究費助成を目的とするファンドが創設され、2024年からの助成開始を目指しています。中小企業にとって、産学連携による新たな技術シーズの掘り起こし、ブラッシュアップの機会になると考えられます。

•台湾半導体企業TSMCの熊本工場誘致
国内で半導体素材・材料ニーズが高まるとともに、誘致された自治体周辺での雇用創出効果が見込まれます。それに伴う周辺ニーズは中小企業にとっても新たなビジネスチャンスにつながるでしょう。

今後も、「経済安全保障」に対応するための中小企業支援策が作られるものと考えられます。中小機構の支援情報ヘッドラインを随時確認し、最新情報の入手に努めましょう。
(後編に続く)

著者プロフィール

遠藤 康平(合同会社アクセルフォーム 代表社員)

中小企業”経済安全保障"診断士。システムエンジニアとして勤務後、独立。創業セミナー講師や職業訓練校・専修学校でIT人材育成に取り組む一方、中小企業のデジタル化・DX推進を手がける。日々のデジタル化支援の中で、IT技術だけでは企業価値の防衛は難しいことに気付き、思い悩む日々の中で「経済安全保障」に出会い、自らの志命に気づく。

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