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優秀な人材の流出を防ぐために

苦労して採用し、手塩にかけた従業員が辞めていく。そうした悩みは多いのではないでしょうか。様々な業務や部署を経てキャリアアップを図れる大企業に対し、中小企業ではキャリアアップを実感しづらい面があります。そのような悩みを解決するキャリア支援の方法をお伝えします。

(掲載日 2021/01/15)

中小企業が取り組む従業員のキャリア支援

せっかく育った従業員が辞めていくワケ?


 人口減少時代を迎え、多くの企業が人材の採用と定着に頭を悩ませています。近年では貴重な人材を確保していくために、中小企業においても、積極的に労働環境の見直しや多様な人材の採用、活躍できる場づくりなど、あらゆる取り組みが進められています。そのような経営者の努力の傍らで従業員、特にせっかく育った若手社員が理由もよくわからず辞めると、本当に心が折れそうになりますね。


 雇用動向調査(厚生労働省 2019年)によると、若手社員(25歳〜40歳)の離職の理由の中で、男性の25歳〜29歳「給与等収入が少なかった」が最も高くなっていますが、年齢とともに低下しています。一方で「能力・個性・資格を活かせなかった」は年齢とともに上昇し、35歳〜39歳では、「給与等収入が少なかった」を上回っています。女性「労働時間・休日等の条件が悪かった」が最も高く、ライフイベントの変化が起きやすい30~34歳で、「結婚や出産による退職」の割合が高くなります。
 「ウチは大企業のような給料も出せないし・・・」と言われる経営者の方もいますが、従業員の離職理由は必ずしも報酬条件とは限らず、その個人個人が人生設計の大きな柱として、働きやすさや働き甲斐を求めていることがわかります。

出所:厚生労働省 2019年雇用動向調査(転職入職者が前職を辞めた理由別割合より、契約期間満了、定年退職、会社都合による退職、その他を除いたものを筆者にて作成)


大企業と中小企業のキャリアアップの異なる側面


 では、仕事のモチベーションはどこからくるのでしょうか?
 個人個人で差はありますが、仕事そのもののやりがいや、自分自身が成長している実感、ステップアップ(キャリアアップ)の実感によって、次のモチベーションに繋がることも多いものです。ところが、この「実感」は、大企業と中小企業では異なる側面があります。大企業の従業員は、いろいろな業務や部署を経て、キャリアアップを図っていきます。職務が変わることで、新しい仕事にチャレンジする新鮮さや、経験の幅が広がっていることを実感します。
 また、些細なことですが、部署が変わるたびに送別会があったり、勤務場所が変わったりと、環境の変化によってキャリアの「変化」も実感しやすいといえます。一方、中小企業の従業員は、何かに特化した事業が多く仕事が専門化しやすい傾向にあります。また、少人数の組織のため、日常的にいろいろな仕事をこなし、多様なスキルを獲得していても、同じ職場や同じ環境のままです。変化を感じにくい、つまりキャリアアップの実感がない中で、成長欲求が高い、いわゆる「優秀な人材」ほど、次の成長を求めて、職を離れる可能性があるのです。


キャリアという考え方


 『新版 キャリアの心理学』(渡辺三枝子 編著 ナカニシヤ出版)で筑波大学名誉教授の渡辺三枝子氏も指摘しているように、「キャリア」という考え方はそもそも日本にはなく、「キャリアウーマン」「キャリア組」など、その時代背景からイメージが定着してきた面があります。一般的には「職業の経歴」と認識されていることが多く、これは日本固有の終身雇用をベースとした働き方にも関係しています。就職して定年退職まで、その企業にカスタマイズされた仕事に就き、企業独自の経験と能力を高め、企業が定めたキャリアパスに沿って進んできたのです。それらは企業風土として強固な結束力や競争力の源でもありました。

 しかし、変化が激しい今日においては、さまざまな経験から培った多様で「ポータビリティの高い能力(注1)」が求められています。つまり、職業経験によって築いてきた「ワークキャリア」だけでなく、家庭人、市民、などさまざまな役割や経験によって築いてきた「ライフキャリア」も含めてキャリアとして捉え、支援をしていく必要があります。
注1:その企業にしか通用しない能力ではなく、他の企業や他の職種でも通用する持ち運びが可能な能力のこと

キャリア・アンカーを知る


 中堅に差し掛かる30代後半くらいからのキャリア支援について、考えておきたいのが「キャリア・アンカー」です。キャリア・アンカーとは、アメリカのMIT経営大学院教授のエドガーH.シャインによって提唱されたキャリア概念で、個人が仕事をする上で動機づけられるものや、どうしても譲れない価値観、拠り所となるもので、8つのパターンに分類されています。アンカーは直訳すると、船の錨(いかり)のことで、仕事が変わってもアンカーは変わることなく最後はここに立ち戻るとされています。

 従業員が自分のキャリア・アンカーが何かを知ることは、キャリア選択の指標になり、また、企業側は従業員のアンカーを知ることで、仕事の適性や関わり方の参考にすることができます。尚、キャリア・アンカーは仕事を経験してはじめて少しずつ明らかになっていきます。アンカーが顕著になるのに10年くらいの経験が必要であり、どのような仕事をどのような順番で経験してきたかによっても現れ方に差があります。アンカーはツールの一つとして考えてください。

キャリア・アンカー 8つのカテゴリー
種別特性・仕事のタイプの一例
専門・職能別コンピタンス特定の仕事に対する才能と高い意欲を持ちます。専門性の追求を目指し、自分の仕事の内容(得意としている専門分野)によって動機づけられます。
全般管理コンピタンス経営管理そのものに関心、総合的な管理職位を目指します。責任ある地位につき、リーダーシップを発揮し組織の成功に貢献することに価値を感じます。
自立・独立制限や規則に縛られず自立への欲求が高い。このタイプは目標が明示され、それを成し遂げる手段は一任されることで動機づけられます。
保障・安定生活の保障や安定を第一とします。安定が保障されれば、組織と一体感を持つことで満足感を得て、会社の方針や指示にも苦にせず前向きに受け止めます。
起業家的創造性新製品や新事業を創造することに価値を感じ、人生のかなり早い時期から起業を意識しています。夢を追いかける情熱を持っています。
奉仕・社会貢献何らかの形で世の中を良くしたいという価値観に基づいており、職場内外での様々な改善活動、貢献活動など、社会全体に貢献することに価値を感じます。
純粋な挑戦解決不可能と思えるようなことを克服することや、難題に挑戦することで動機づけられます。仕事で自己を試す機会や競争に勝つことに価値を感じます。
生活様式個人、家族、キャリアを統合させバランスを取ることを望みます。組織のために働くことに非常に前向きで、組織と腹を割って話せる姿勢を重視します。
出所:『キャリア・アンカー』エドガーH.シャイン著より、筆者にて抜粋


中小企業が取り組む具体的なキャリア支援


 では、企業はどのように、従業員のキャリア支援を考えていけばいいのでしょうか。中小企業が取り入れたい3つの施策をご紹介します。

1)定期的なコミュニケーションの場を持つ
2)刺激となる「学ぶ機会」の提供
3)巣立ちを支える仕組み


1)定期的なコミュニケーションの場を持つ
 中小企業の場合、経営者と従業員が常に顔を合わせていて、日頃からコミュニケーションが取れていることも多いと思いますが、つい目の前の仕事の話になりがちです。定期面談で、キャリア支援を視野に入れた会話をしましょう。

 ここで話題にしたいのは、

①従業員の仕事ぶりに対する評価や感謝の言葉をいう。
 いつも見ていることを伝えることで信頼感が生まれ、打ち解けた話がしやすくなります。

②少しだけ目の前の仕事と離れた話題にする。
 「もしお金も人手も気にせずウチの会社で新しいサービスを始めるなら?」「朝活をみんなでやるなら?」など、会社をよくするアイディア、今の仕事の枠組みを外した会話をしましょう。

経営者が日頃考えていることを話し、従業員からも大切に思っていることなどを聞く。
 個人個人の価値観に触れたり、一歩二歩先のことを会話をすることで、双方でキャリアを考えるきっかけになります。

2)刺激となる「学ぶ機会」の提供
 「変化」を感じたり、キャリアアップの刺激となるような「学ぶ機会」を提供しましょう。この場合、会社全体での研修などとは別に考えます。予算や回数などを決め、キャリアアップになると思うことを従業員自ら選んで取り組むカフェテリア方式がお勧めです。例えば専門・職能別コンピタンスをアンカーに持つ場合、専門領域をもっと勉強できる自己啓発の機会に価値を感じます。個人個人に合わせた方法が選択できる上、一斉に業務を止められない小規模の職場などでも有効な方法です。

3)巣立ちを支える仕組み
 最後に、自社内でのキャリアアップに限界がある場合は、従業員を無理に引き止めるよりも、スピンアウトの仕組みを作っておくことをお勧めしたいと思います。具体的には雇用期間や能力・貢献度によって設けた基準で支援を行う独立支援制度やのれん分け制度などです。育った人材が辞めてしまうのは残念ですが、職種や事業形態によっては、協力企業として補完しあったり、親子店としての多店舗効果や企業のブランディングに繋げることも可能です。最後は従業員が一国一城の主としてキャリアアップすることを支援する。経営者のその温かい行動は、次の優秀な人材への呼び水となることでしょう。



参考文献
『新版 キャリアの心理学』渡辺三枝子 編著 ナカニシヤ出版
『キャリア・アンカー』エドガーH.シャイン著 白桃書房

著者プロフィール

高本 奈緒美(Clue&Sコンサルティング(クルーズコンサルティング)代表)

大手総合楽器メーカーで長年教室事業に従事。多くのスクールの新規出店計画から販路開拓、店舗スタッフやリーダーの育成に携わる。プロモーションと人材育成を得意とし独立後は創業者の支援なども行っている。中小企業診断士、キャリアコンサルタント、JDIO認定ダイバーシティコンサルタント

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