社員への権限委譲を上手に進める方法
この変化の激しい時代に、 経営者がすべての経営判断をできるでしょうか? 経営者のみの会社であれば可能ですが、事業拡大にともない権限委譲が必要になります。しかし、社員に任せる、といっても簡単ではありません。上手に社員に任せて、ビジネスチャンスをつかむその秘訣とは・・
(掲載日 2020/01/22)
社員に任せて、ビジネスチャンスを逃さない 3つの秘訣
はじめに
現在、企業がおかれている環境は、変化が激しく、ニーズの多様化も進んでいます。このような環境で事業を行っている場合、ある程度はリスクを取ってでも、顧客の要望などに迅速、適確に対応しないと、ビジネスチャンスを逃すことになりかねません。
例えば、営業担当者が顧客先で想定外の要望や提案を受けたとき、「社内で確認してお返事します。」という返事だけでは、競合企業に仕事を奪われてしまうかもしれません。
ニーズに迅速、適確に対応するためには、営業担当者に判断を任せる必要がありますが、経営者からみれば、どんなリスクを負うことになるか判らず、ただ任せることはできないですし、営業担当者からすれば、判断のよりどころが判らず、即断するスキルも身についていないので、どうしてよいか判りません。
本稿では、上手に社員に任せることによってビジネスチャンスを逃さないための、3つの秘訣をお伝えします。
秘訣1:具体的な、判断のよりどころを示す
経営者には、経営理念と言わずとも、自社の経営に対する思いや、信念、目標などがおありだと思います。それに基づいて、今年はこういう方針で、こう活動すれば、売り上げなどの目標が達成できるだろう、といった想定があるでしょう。そうした経営者の思い(以下では単に経営理念と書きます。)が乗り移ったように、社員が現場で判断できれば、想定外の要望に応えて、仕事を獲得できるでしょう。しかし、そうなるためには、社員が現場で判断し、行動に移せるほど、社員に経営者の考えが具体的に伝わっていなければなりません。
そこで、まずは、経営理念をまとめる必要があります。そして、それを抽象的な表現ではなく、社員が判断のよりどころにできる程度に、具体的に表現しておく必要があります。
「百聞は一見に如かず」と言います。口頭で伝えるだけでは、正しく伝わらないこともあります。ポスターに書いて、よく見る通路や、会議室などに貼っておくと良いでしょう。
人間は、忘れる動物です。月に一度くらいは、朝礼などで、経営理念を、直近の事例などと合わせてお話しされるのも良いでしょう。
もっとも、最初から、社員の行動指針に繋がる、わかりやすい表現にすることは難しいかもしれません。社員からの報告や社員との対話を受けて、適宜表現を見直していけば良いのです。
・社員が判断のよりどころに使える具体的な表現にする。
・ポスターや朝礼で繰り返すなど、継続的に周知する。
・必要に応じて、表現を見直す。
秘訣2:任せる範囲を決める、責任は経営者が負う
「社員に任せる」と書きましたが、何を、どこまで任せるのでしょうか?これらがはっきりしないと、任せる方も、任せられる方も不安です。
ビジネスチャンスをものにするために、その場で判断することを任せるのですが、事業に甚大な被害があったり、長期に渡って悪影響を及ぼしたりする可能性のある判断などは、慎重にせざるを得ません。逆に言うと、それら以外であって、経営理念に合致しているのであれば、その場で判断してもらっても良いわけです。
具体的には、例えば、取引先の提案を受け入れる場合、「10万円までの1回の経費増なら受け入れても良い」、「1か月を超えない範囲でお試し運用しても良い」など、事業内容に応じて、任せる金額や期間などを明確にします。
もう一点、重要なことは、取引先との面談後すぐに面談内容を報告してもらい、どう考えて経営理念に合致していると判断したのか、説明してもらうことです。これは、秘訣1の経営理念の表現の見直しや、秘訣3の即断スキルのアドバイスに繋がります。
お気づきのように、何を判断するかなど具体的な内容に関する約束はありません。想定外の要望や提案に対応するわけですから、判断の具体的内容は事前には決められません。そこで、金額や期間の限度などを明示することによって、受け入れられないほどのリスクにならないことだけを確認しておくことになります。
判断した結果がうまくいかなくても、判断した社員に責任は問いません。むしろその条件で判断を任せた経営者や上司の責任です。経営者や上司は、社員の判断が功を奏するように支援します。うまくいけば、社員を表彰するなど、評価することも約束しましょう。
・経営理念に合致していると考えた理由を説明してもらう。
・うまくいかない場合は、経営者が責任を負う。うまくいったら、社員を高評価する。
秘訣3:即断スキルを伝授する
上記の秘訣1と2で、迅速、適確な判断ができる環境は整いました。
しかし、「明日から、経営理念と、任された範囲で、存分にやって欲しい」と伝えても、社員は任せられることに不安を覚えるかもしれませんし、経営者もちゃんと理解して行動してくれるか不安が残るでしょう。
そこで、まずはお試しから始めます。教師役は、経営者かベテラン社員の一人、生徒役は例えば、取引先との商談など現場に出向いている社員の一人とし、任せる業務の範囲も比較的容易と思われる業務に限定して、山本五十六の名言、「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ」に従って、実践します。
まずは、教師がやってみせます。
次に「言って聞かせて」の部分では、教師がその場で瞬時に考えたことを詳しく生徒に伝え、生徒が「ああ、そう考えれば自分でも判断できそうだな」と納得することが重要です。
そして、次回は、教師は同席しますが、生徒が一人で来たつもりになって面談を仕切ってもらいます。教師は、面談後には、どう考えてどう判断したのか、聞き取り、褒め、必要に応じて、次回以降に向けたアドバイスをします。生徒の成長を支援し続けることを伝えることも重要です。
実は、経営者も、自分ではその場で適確に判断ができても、社員が適確な判断ができるように指導することは、未経験かもしれません。しかし、何回か経験すれば、生徒も教師も自信がつきます。その後は、社員の成長に合わせて、任せる内容を広げたり、他の社員にも判断を任せたりして、社内に広めていきます。
やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば人は動かじ
話し合い 耳を傾け承認し 任せてやらねば人は育たず
やっている 姿を感謝で見守って 信頼せねば人は実らず
これで社員は、経営理念をよりどころに、任された範囲で、上司から伝授されたスキルを活用し、自信を持って取引先との面談で判断し、チャンスをものにしてくれるようになります。
社員に任せることのメリット
社員に任せることは、今回説明してきた、「変化に応じて迅速・適確に対応し、ビジネスチャンスをものにする」という効果だけでなく、①経営理念に対する社員の理解が深まり、社員の行動指針が明確になる、②担当者の権限と責任が広がり、社員の貢献意欲が高まり、定着率の向上につながる、③経営者は、取引先とのやり取りを任せられるので、戦略や事業計画の策定や見直しなど、経営者としての仕事に専念できる時間が増える、などのメリットがあります。
また、会社が成長する中、経営者が奮闘するだけでも、ある時期までは対応できます。ただ、業種や業態にもよりますが社員が数十人を超えると、こうした任せられる人材が必須になってきます。人材育成は一朝一夕にはできませんから、激しい変化や多様性に直面することが少ない会社でも、中長期的な経営課題として、同様の手法により、任せられる人材を育成することをお勧めします。
留意点
本稿では、取引先からの「想定外」のニーズや技術の変化に立ち向かい、ビジネスチャンスをものにするための準備と実践方法について説明しました。しかし、取引先のニーズや技術の変化を想定したり、「想定内」のニーズや技術変化への対応を事前に決めたりすることをやめて良いというわけではありません。「想定内」のニーズや技術変化への対応は、社内で協議の上、事前に決めておいた方が、その場で判断するよりリスクが小さくなるためです。
終わりに
最近、想定外のニーズや技術変化が多くなってきたなと感じられている方、それらへの対応方法でお困りの経営者や管理職の方に、少しでもご参考になれば幸いです。