経営者の運動習慣が「企業の未来を守る投資」である理由とは?
従業員の健康や働き方改革に注目が集まる一方で、企業の舵取り役である経営者自身の健康管理は後回しになりがちです。経営者こそが会社の最重要資本であり、心身のコンディションが業績や組織運営に直結します。経営者が運動習慣を取り入れる意義を「経営視点」で解説します。
(掲載日 2026/03/04)

経営者こそ“最強の資本”であれ:健康管理と運動習慣が導く持続可能な経営
あなたの会社で最も大事な資産は何か?
中小企業の経営相談に乗る際、私はよくこのような質問を投げかけます。「御社で最も価値があり、かつ替えのきかない資産は何ですか?」と。多くの経営者は、独自の技術、長年築いた顧客基盤、あるいは優秀な右腕の名前を挙げます。しかし、財務諸表には載らないものの、企業の命運を握る「真の最重要資産」を忘れてはなりません。それは「経営者自身の心身のコンディション」です。
昨今、「健康経営」という言葉が浸透し、従業員の働き方改革やメンタルケアに注力する企業が増えました。これは素晴らしい傾向です。しかし、その旗振り役であるはずの経営者自身はどうでしょうか。深夜までの会食、不規則な睡眠、運動不足、そして絶え間ない重圧。従業員の健康を気遣う一方で、自分自身の体は「減価償却」が進むに任せている……そんな矛盾を抱えてはいないでしょうか。
本稿では、経営者が運動習慣を取り入れる意義を、単なる「健康の維持」を超えた「経営戦略」として解説します。
第1章:経営者という「資本」をどう運用するか
「キーマン・リスク」を定量的に捉える
もし、あなたが明日から1ヶ月間、病気で動けなくなったら、会社にどれだけの損失が出るでしょうか。•直接的損失: 重要な商談の中断、意思決定の遅延。
•間接的損失: 従業員の不安、対外的な信用力の低下。
中小企業において、トップの不在は文字通りの「経営危機」に直結します。経営者の健康管理とは、福利厚生ではなく、「事業継続計画(BCP)」そのものなのです。
P/L発想からB/S発想への転換
健康への投資を「時間と金の無駄(コスト)」と考えるのは、損益計算書(P/L)的な短期的視点です。一方で、健康を「将来の収益を生み出す基盤(資産)」と捉えるのが、貸借対照表(B/S)的な経営視点です。運動によって脳の血流が良くなれば、認知機能低下の防止に繋がります*1。これは、中長期的な「投資収益率(ROI)*2」を高める行為に他なりません。*1 出典:健康づくりのための身体活動・運動ガイド 2023(健康づくりのための身体活動・運動ガイド 2023、厚生労働省ホームページより)13ページ https://www.mhlw.go.jp/content/001194020.pdf
*2 投資収益率(ROI)…投資に対して、いかに効率よく利益を生み出したか」を示す投資効率の指標

第2章:スポーツは「経営のシミュレーター」である
なぜ、成功している経営者にはマラソンや筋力トレーニング、ゴルフに打ち込む人が多いのでしょうか。それは、数値化できるスポーツが、経営に必要な「目標設定と進捗管理の思考」を磨く絶好のトレーニング場だからです。1. PDCAサイクルの高速回転
例えば、マラソンで「サブ4(フルマラソンで4時間切り)」を目指すとしましょう。•Plan(計画):
現在の走力から逆算し、月間走行距離やインターバル走のメニューを組む。
•Do(実行):
猛暑の日も、仕事が忙しい日も、決めたメニューをこなす。
•Check(評価):
タイムを計測し、心拍数や体調のデータを分析する。
•Action(改善):
足りない筋力を補う補強運動を取り入れる、シューズを変える。
このプロセスは、新規事業の立ち上げや、既存事業の収益改善プロセスと驚くほど似ています。スポーツでの数値改善は、自身で完結するため、ビジネスほど不確実性が高くありません。「努力が数字に反映される」という成功体験は、経営者に必要な自己効力感*3を高めます。
*3 自己効力感…自分にはある課題を達成する能力がある、という確信
2.データの裏付けを持つ「論理的思考」
「今日はなんとなく調子がいい」という感覚的な経営ではなく、筋トレの重量やゴルフのスコアなど、定量的なデータに基づいて自分をアップデートする習慣は、そのまま「エビデンスに基づく経営」と共通します。例えば、筋トレの目標重量が上がらなかったとき、一流のトレーニング実践者は「根性が足りなかった」とは考えません。彼らはデータを分解して分析します。
●筋トレの目標重量が上がらなかったときの論理的思考(例)
| 問題 | 分析 |
|---|---|
| 目標重量が上がらなかった | ・昨夜の睡眠時間は4時間だった(リカバリー不足) ・直近1週間のタンパク質摂取量が体重×1gを切っていた(栄養不足) ・挙上スピードが第1レップから低下していた(神経系の疲労) |
この考え方は経営も同様です。売上目標未達の際に「営業の気合が足りない」と断じるのではなく、下表のように定量的に分析し、論理的に考えることができます。
●売上目標が未達だったときの論理的思考(例)
| 問題 | 分析 |
|---|---|
| 売上高が目標額に到達しなかった | ・受注見込が高いと判断できる商談数が前月比20%減少していた ・成約率が、競合の価格改定の前後で15%低下した。 |
3. レジリエンス(逆境力)の向上
トレーニング中、心臓が破れそうな苦しさや、重いバーベルを前にした時の恐怖に打ち勝つ経験。これは、経営上の困難に直面した際の「踏ん張り」に直結します。「あの苦しい練習を乗り越えたのだから、この程度のトラブルはどうにかなる」という身体的な裏付けを持った自信は、何物にも代えがたい武器になります。

第3章:組織文化をデザインする「スポーツ・コミュニケーション」
経営者が運動習慣を持つことは、社内の組織運営にも劇的な変化をもたらします。「肩書き」を脱いだフラットな交流
会社組織では、どうしても「社長」と「従業員」という上下関係が生じます。しかし、地域のマラソン大会に一緒に参加したり、社内のフットサルチームで汗を流したりする時、そこにあるのは共通のゴールを目指す「チームメイト」という関係です。経営者が必死に走る姿、あるいは失敗して悔しがる姿を見せることは、従業員に「この人も同じ人間なのだ」という安心感を与え、心理的安全性*3の高い組織を構築する助けとなります。
*3 心理的安全性…組織のなかで自分の考えや気持ちを、誰に対しても安心して発言できる状態を表す度合いのこと
健康経営の「最大の推進力」
「社員よ、健康であれ」と口で言うだけで、自身は不摂生な生活を送る社長の言葉に、誰が耳を傾けるでしょうか。経営者が自ら早朝にランニングをし、食事に気を配り、ハツラツと働く姿を見せること。その「背中」こそが、社内の健康意識を塗り替える最も強力なメッセージになります。経営者の活力は伝染し、結果として従業員のプレゼンティーイズム(出勤しているが不調でパフォーマンスが上がらない状態)の解消に繋がっていくのです。
ヤフー株式会社の事例を紹介します。
同社は、社長自らが「UPDATEコンディション月間」等のイベントでパラアスリートのストレッチを実演し、健康習慣の重要性を直接発信しています。全社員へのスマホ貸与やアプリによる歩数達成へのインセンティブ付与、さらに拠点への「歩幅チェックスペース」常設など、運動を「仕組み」と「トップの背中」の両面で支援しています。
スポーツ庁「スポーツエールカンパニー2021認定企業の取り組み事例」より筆者編集
https://www.mext.go.jp/sports/content/20210129-spt_kensport01-300000816_2.pdf
このような取組の姿勢は、在宅勤務による運動不足やメンタル不調を防ぎ、社員の活力を維持する強力な推進力となっていると、筆者は考えています。

おわりに:10年後、あなたはどこに立っているか
経営とは、短距離走ではなく、終わりのないマラソンです。 一時的なブームに乗って利益を出すことはできるかもしれません。しかし、10年、20年と企業を存続させ、従業員とその家族を守り続け、社会に価値を提供し続けるためには、経営者自身が「持続可能(サステナブル)」でなければなりません。あなたが今日、一歩踏み出し、運動靴を履くこと。それは単なる個人の趣味ではなく、「愛する会社と社員の未来を守るための、最も確実な投資」なのです。
「最強の資本」としての自覚を持ち、今日から新しい一歩を踏み出しませんか。
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